JACSMサミットインタビューシリーズvol.06
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聴き手: 石丸 新 JACSM委員長(戸田中央総合病院血管内治療センター) |
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聴き手: 大北 裕 JACSM委員(神戸大学医学研究科外科学講座心臓血管外科学分野) |
第6回目となるサミットインタビューでは、第66回日本胸部外科学会総会(会期:2013年10月16~19日、会場:仙台国際センター)に招聘されたDr. Joseph V. Lombardiに、大動脈解離を治療対象とした新しいステントグラフトについてトライアル成績を踏まえてお話を伺った。
『血管内治療の有益性』
石丸
本日は講演でお忙しいなか、お時間を頂戴しありがとうございます。Lombardi先生は1996年に米国フィラデルフィアのJefferson Medical Collegeを卒業されましたが、血管外科を選択されたきっかけを教えていただけますか。
Dr. Lombardi
まず血管手術の複雑性に大変興味を持ちました。同じ疾病や問題を抱えた患者さんでも、それぞれが異なり一つの解決策では対応できません。また、血管外科の分野では新しい機器がどんどん出てきますから、異なった方法で患者さんを治療できるということが興味深いですね。ただ、私はどちらかと言えば伝統的な心臓外科医という区分に入ると思っています。
石丸
Lombardi先生がレジデントになられた1996~2002年というのは、ちょうど動脈瘤の新しい治療が出始めたころだと思います。外科医がはじめに直面するのは外科手術だとは思いますが、いつ頃から血管内治療の領域に携わってこられたのですか。
Dr. Lombardi
実は、はじめは血管内治療について歓迎していたわけではありませんでした。外科医として大動脈瘤の治療は外科手術をすべきだと考えていましたので。しかし、フェロー時代に、動脈瘤の患者さんがステントグラフトを使うことによって手術の翌日に退院できるという現状を目の当たりにし、患者さんの負担がここまで減少するということに衝撃を受けました。
以前、動脈瘤破裂で運ばれた104歳の女性の患者さんを担当したこともあります。ステントグラフトで治療をしたのですが、手術翌日の午後に帰宅されました。特に高齢の患者さんのケアを考慮すると、血管内治療は大変有益だと感じました。個人的には開胸や開腹が好きですけれど・・・
『STABLEトライアルとINSTEADトライアル』
石丸
では本題の大動脈解離のお話に移りましょう。大動脈解離に関するトライアルは欧米ではスタンフォード大学を中心に1996年あたりから始まりました。日本からもスタンフォード大学でトライアルに参加された方がいらっしゃいますが、当初良いデータを出していたものの、最終的な結論としては必ずしも良くはなかったという報告があります。そのあたりの米国の実状を教えてください。
Dr. Lombardi
ステントグラフトを用いた大動脈解離治療について理想的な成績を得られなかったのには、まず手技そのものに様々な意見があることや、デバイスも様々なものが存在していることが挙げられるでしょう。そして、どの患者さんにどのような適応があるのか、理解が一つにまとまっていません。デバイスの長期的な経緯についても明確にされていないという点が挙げられます。
最近、米国において大動脈解離のためのデバイスが認可されました(Zenith® Dissection Endvascular System、TXD)。我々が行っている大動脈解離に焦点を当てたSTABLEトライアルは、このデバイスの性能について検討するのはもちろんのこと、どのようなタイプの患者さんが適しているのか、あらゆる患者さんに有効に使えるのか否か、ということも明確にしていくことを目的としています。短期的な成績および長期的な遠隔成績についても明確にする予定です。
石丸
ある米国の医師は、急性の大動脈解離についてはステントグラフト治療が最良であるとおっしゃっていました。急性B型大動脈解離についても、トライアルの段階では長期的に良好であったということでしょうか。つまり、認可されているのですか。
Dr. Lombardi
米国FDAは合併症を伴うB型大動脈解離に対して、このTXDを承認しています。合併症を伴わないB型解離については承認していません。
大北
STABLEトライアルでは、急性大動脈解離と慢性大動脈解離とを同じように治療されていますが、デバイスの使い分けや解離の大きさ、伸展などで違いはあったのでしょうか。
Dr. Lombardi
STABLEでは違いはありませんでした。トライアルから得られた実際のデータをみて、デバイスの選択については変更をすることもありました。
大北
実際に使われたデバイスのサイズはどのようなものでしたか。
Dr. Lombardi
デバイスのサイズにはそれほど違いはないのですが、慢性の場合には内腔自体が細いので、先細のデバイスを使用する傾向があったと思います。
大北
Dr. Nienaber(University of Rostock)がされているINSTEADトライアルの遠隔成績として、aortic remodelingの良好な成績が報告されましたが、INSTEADについてはどのような意見をお持ちですか。
Dr. Lombardi
INSTEADではすべて14日以降の慢性期のB型大動脈解離を対象としていることもあり、大変有益な結果だと思います。大動脈解離の初期段階では外科手術と血管内治療とであまり差は見られないと思いますが、5年生存率で見ますと血管内治療のほうが良好な結果となっています。これは極めて意味のある結果だと感じています。
大北
単純には比較できないと思いますが、INSTEADとSTABLEの両トライアルではどちらが成績が良かったと思われますか。
Dr. Lombardi
的を得たご質問ですね! 2週間前にその比較についてDr. Nienaberにメールをしたところです。我々のSTABLEトライアルではTXDを使用したデータで良好な成績が出ていますので、ぜひINSTEADのデータと比較をしたいと思っているところです。
『偽腔の血栓化について』
大北
STABLEでの12ヶ月後の偽腔閉塞の割合をみると、胸部では完全な血栓化が31.3%、部分的血栓は68.8%、腹部ですと完全に血栓化したのはわずか3.1%、部分的血栓では81.3%1)とのことですが、これはあまり良い成績とは言えないのではないでしょうか。
Dr. Lombardi
胸部大動脈に関して言えば2年間で40~50%閉塞しますが腹部大動脈領域での偽腔の完全な血栓化はとても低い結果となりました。
ここで、一つ疑問が出ます。偽腔の血栓化は本当に必要なのでしょうか。最終的な結果では、偽腔の状態にかかわらず合併症発生率・死亡率はともに良好でした。偽腔の血栓化に焦点を当てるのではなく、最適な治療とは何かを考えることが大切だと思います。
石丸
偽腔の血栓化にはあまりこだわらないとおっしゃいましたが、私はprimary entryの閉塞による治療効果について急性期・慢性期ともに血栓化の程度を評価しています。やはり偽腔をどれくらい閉塞できるか、というのは重要なことだと思うのです。
急性期の場合には、primary entryからの血流を遮断することで偽腔を小さくする効果があるでしょう。慢性期の場合に問題となるのはreentry(second tear)です。血栓化の程度とreentryの状態に因果関係があると考えていますが、その点はいかがでしょうか。
Dr. Lombardi
因果関係はあると思います。ただ、ステントグラフトだけで完璧に大動脈解離やそれに付随する症状を解決することはできないと思います。大動脈をカバーすればするほど偽腔の血栓化は高くなると思いますが、一方で対麻痺の発生率は上がってしまうでしょう。全症例の中の対麻痺率は5~8%ですからさほど大きな有害事象だとは思いませんが、その数字をどう見るか・・・積極的にステントグラフトを挿入するかどうかは疑問の余地があるかもしれません。
石丸
全体の血栓化を得るためになるべく長いステントグラフトを入れたほうが良いとは思っていません。血栓化を促すためには、reentryを閉鎖しないと逆行性血流が止められないわけですから、いくら長いステントグラフトでカバーしても意味がないと思います。
Dr. Lombardi
それには同感です。ですからreentryについてもカバーすることを考えています。どのように治療をするかにかかわらず、末梢部のsecond tearやreentry、偽腔の開存性など遠隔期の状況を鑑みて治療法を選択していくことが大切だと考えます。
石丸
偽腔血栓化の程度はreentryの大きさや位置に依存するでしょうか。
Dr. Lombardi
どちらにも依存しないと思います。reentry(second tear)についてもそのサイズや位置について注意深く観察していますが、それらに違いは見られませんでした。
石丸
すると完全閉塞と部分閉塞とに分かれる理由は何でしょうか。
Dr. Lombardi
それはTXDを用いた成果だと思います。デバイスやトライアルのいかんにかかわらず、腹部に関しては同じような結果を得られると思いますが、胸部に関しては、このデバイスを使うことによって肋間部のフローを大きくすることができるため、胸部大動脈瘤に関しては大きな差が出てくると思います。
大北
腹部の結果が変わらないということであれば、結局は10年後くらいに胸腹部大動脈瘤の手術をしないといけなくなるのではないですか。
Dr. Lombardi
それは血管内治療で解決できるのではないでしょうか。じつは今、二次的インターベンションについての論文を書いているところです。
大北
実際に胸腹部の二次的インターベンションは何例経験されましたか。
Dr. Lombardi
トライアルで4例です。トライアル以外にも実際の治療においてたびたび二次的インターベンションを施行しています。
大北
それらの患者さんの胸腹部大動脈瘤はなくなるのですか。
Dr. Lombardi
そのとおりです。2回から3回のカテーテル治療で偽腔が完全に閉塞されます。
石丸
TXDについてもう少しご説明いただけますか。真腔を広げることによって偽腔の血流を減らすことができるのでしょうか。慢性の場合にはすでに偽腔が太いので真腔が広がっても血流が制御できない、ということになりますか。
Dr. Lombardi
いいえ、そういうことではありません。通常は急性・慢性問わず、このデバイスを用いることによって真腔は広がり、偽腔は退縮しますが、約2割の急性期の患者さんについては、偽腔の退縮に関係なく真腔は広がり、全体の動脈サイズが大きくなりました。14日以降の慢性期の患者さんについては、偽腔の状態にかかわらず、全体の動脈の広がりは見られませんでした。
大北
それは信じがたいですね。例えば1~2年経過して真腔が細いものにこのデバイスを入れても効果は見られないでしょう。
Dr. Lombardi
たしかに、2年経過してこのデバイスを使用することはありません。トライアルでは3ヶ月という枠組みのなかでデータを取りました。
また、このデバイスは破裂症例には使用しないほうが良いと考えます。破裂の場合には偽腔の血流を末梢まで進めてしまうでしょうから。破裂の治療には、腹腔までできるだけ長くステントグラフトを伸ばしてカバーし、偽腔を血栓化させることが大切だと考えています。灌流不全の場合にはこのデバイスが有効でしょう。
大北
このTXDはradial forceが強いようにも感じますが、いかがでしょう。腹腔内を損傷する恐れはありませんか。
Dr. Lombardi
偽腔がまだ塞栓されていない間は、時間とともに拍動によって軟らかくなっていきますので、その心配はないと思います。
石丸
日本では、同程度のradial forceをもつデバイスを使い3~5年で末梢部分の損傷を起こした例を経験しています。Radial forceが直接的にかかるために内膜の損傷を起こすということを我々は危惧しています。
Dr. Lombardi
TXDが真腔にオーバーラップすることによってradial forceが分散されますradial forceが直接的に内膜にかかって、その部分だけ損傷するということはないと考えています。
大北
確証をもつには遠隔成績が必要ですね。
Dr. Lombardi
時が経てば証明されると思います。今日はとてもハイレベルなディスカッションをすることができました。ステントグラフト実施基準委員会の活動に感銘を受けました。
石丸
こちらこそ貴重なお話をありがとうございました。これから先、5~10年の遠隔成績を楽しみにしています。
(以上)
1) Lombardi JV, et al. Prospective multicenter clinical trial (STABLE) on the endovascular treatment of complicated type B aortic dissection using a composite device design. J Vasc Surg 2012; 55(3): 629-640.