JACSMサミットインタビューシリーズvol.05

英国でのステントグラフト内挿術の現状と症例登録フォローアップについて | ステントグラフト実施基準管理委員会企画 JACSMサミットインタビュー シリーズ 5(JACSM Summit Interview Series 4)

Michael Horrocks
お話:
Prof. Michael Horrocks
所属:
英国 ロイヤルユナイテッド病院
(Royal United Hospital, Bath, UK)
石丸 新 JACSM委員長(戸田中央総合病院血管内治療センター) 聴き手:
石丸  新 JACSM委員長(戸田中央総合病院血管内治療センター)
加藤 雅明 JACSM事務局長(森之宮病院 心臓血管外科) 聴き手:
加藤 雅明 JACSM事務局長(森之宮病院心臓血管外科)

 第41回日本血管外科学会学術総会(会期:2013年5月29日~31日 会場:大阪国際会議場)において招聘されたステントグラフト内挿術のパイオニア、Dr. Michael Horrocksに、英国のステントグラフト内挿術の現状と症例登録フォローアップ制度についてお話を伺った。

『英国はステントグラフト内挿術に懐疑的だった!?』

石丸

 本日は、日本ステントグラフト実施基準管理委員会(以下、JACSM)企画のインタビューシリーズにご参加いただき有難うございます。
 先生はEuropean Society for Vascular Surgeryのsecretary-generalを歴任されるなど、世界的に大変著名な方でおられますが、先生が血管外科を志すきっかけはどういうところにあったのでしょうか。

Dr. Horrocks

きっかけとなったのは、よい師を得られたということだと思います。英国のGuy’s Hospitalではフランク・エリス先生に学び、学生時代から先生のような医者になることを目指していました。また、別の病院でケン・ゴードン先生に師事し、感銘を受け、この道に進みたいと強く思いました。
 血管外科に関しては、発展スピードが速いというところに大変興味を持っています。心臓外科や頸動脈外科にも従事しましたし、腹部分野では開腹手術も習得しました。それぞれの分野を経験し、その上で、やはり血管外科が一番自分に向いていると感じました。

加藤

 そういう過程の中で、いつごろからステントグラフトに興味を持たれ、何をきっかけに実際の臨床で使い始めたのですか。

Dr. Horrocks

 ステントグラフトに興味を持つ前は、King’s College Hospitalの血管外科に勤務していました。血管形成術が初めて導入された頃です。閉塞性疾患に対する血管形成術はよく行われていましたが、動脈瘤はあまり治療されていない時代でした。最初の頃はワイヤーを瘤内に鳥の巣のような状態に入れる治療が試みられましたが、成功裏には終わりませんでした。
 ただ、その頃に血管内治療の世界への興味がわき、1992~1993年頃だったと思いますが、まず自作のステントグラフトを使ってみました。結果的には、とてもうまくいったというわけではありませんでした。その後、企業性のステントグラフトが発売されました。放射線科の同僚に相談し、ぜひ導入しようと説得して、プロトコルをつくり許可を得て、市販のステントグラフトを使い始めました。当時はまだ実施に向けてのトレーニングコースなども設置されていませんでしたので、意気込みだけでスタートしたといった具合です。
 米国の企業に資金をサポートしていただき、われわれの大学内にリサーチ部門を設立しました。いくつかの初期のデザインのものを動物に埋め込み、実際に血管壁にどのように密着するのか、どのように入っていくのかということを検討しました。ステントグラフトを埋め込んだ動物のフォローアップスタディも行い、そのなかには1~2年生存した例もありました。ステントグラフトの研究開発を3~4年つづけ、そのうちの一つは今でもまだ商業的に有用とされています。

石丸

 加藤先生が胸部ステントグラフト内挿術を実施したのは1993年です。私が胸部で実施したのは1995年でしたが、当時ヨーロッパでステントグラフトに関する研究発表をすると、特に英国の研究者からは批判的なコメントや質問を受けた印象を持っています。ロンドン大学のグリーンハーグ先生にもかなり手厳しく批判されたことがありました。私の個人的な印象かもしれませんが、ヨーロッパの中でも英国からの情報量が少なかったように思います。

Dr. Horrocks

 そのとおりだと思います。実際、ステントグラフトに関しては、英国よりもほかの国で早く普及したと言えると思います。英国では、新しい技術が登場したときに、とても保守的で安全性や有効性が確立されて初めて臨むというような姿勢が見受けられると思います。
 初期のステントグラフトは結果としてもあまり良いものが出ていなかったので、合併症などの問題点に関して懸念が多かったのも事実です。
 そういったことを経て、グリーンハーグ先生がEVAR1とEVAR2トライアルを立ち上げました。当時、グリーンハーグ先生がトライアル委員会の委員をされており、私自身も南西部担当のリサーチャーとして参加しました。
 当時は、患者に埋め込んだ後、その耐久性や長期生存がわからない、という懸念が一番大きかったと思います。安全性に関してやはり少し尻込みしていた部分がありました。

加藤

 そういう時代経過を経て、今現在このステントグラフト内挿術は果たしてオープンサージェリーにとってかわる治療になったのでしょうか。トライアル試験や、その後のランダマイズ試験でもかなり慢性期まで経過を見てこられていますが、現時点でステントグラフト内挿術はオープンサージェリーに勝るという満足感をお持ちですか。

Dr. Horrocks

 お訊ねいただいた質問に少し違う方向からお答えしたいと思います。
 まず、平均寿命が延びています。そして、スクリーニングによって早期の動脈瘤の発見が可能になってきています。例えば60歳代で動脈瘤の治療を受けられた患者さんが、その後20~30年生きられるということがあります。ですから、長期的な結果を出すことが大事なことだと思っています。
EVAR1トライアルに関しては、もう一度長期的な結果がどうなのか再検証している最中ですので、その生存曲線を見ていただければ答えになるかと思います。EVAR1に関してもっとも批判されたことは、手術死亡率が高かったということです。外科手術では6%の死亡率がありましたが、現在では2%です。つまり、開腹、開胸術の状況が当初と少し変わってきているのです。
 一方で、血管内治療の死亡率も下がっています。最初の5年間で起きる合併症は、血管内治療でほぼ対処できると考えています。
 また、メーカー各社はデリバリーシステムの細径化に苦心していますが、そのためにはグラフトを薄くする必要があります。そうなると、耐久性はどうなるのか。10年後は大丈夫なのか、という懸念がありますね。

『英国での症例登録システムとフォローアップ』

石丸

 ヨーロッパにはEuroSTARという症例登録システムがあると思いますが、それはどれくらいの信ぴょう性をもつシステムなのですか。EVARトライアルはプロスペクティブランダマイズですが、EuroSTARの登録分析とに差を感じることはありますか。

Dr. Horrocks

 EuroSTARは、企業に一部スポンサーをしていただいている自主的な登録システムです。ステントグラフトの種類を選ばずに、治療後の結果から、数年後に何が起きているかを見るという内容です。したがって、ある意味では完了していないデータと言えます。
 結果は成功のみを基準としているので、30日後の予後を見るのはあまり意味がないように思われます。ただ、登録された患者に関しては、その後も正確に観察されています。データのどの部分に信頼性を置くのか、というのはやはり重要だと考えます。

石丸

 日本では、JACSMが症例登録管理を行っています。EuroSTARと違って任意ではなく、全例登録をお願いしています。企業が販売したデバイス数の約95%が登録されており、現在5年目に差し掛かっていますが、フォローアップは10年続ける予定でいます。しかし、高齢の患者さんが来院されなくなった、CT撮影に承諾していただけない、といったことが原因でドロップアウトがあることも事実です。
 英国ではEuroSTARにエントリーされているのだと思いますが、フォローアップについてはいかがですか。

Dr. Horrocks

 英国は、すべての動脈瘤に関して国立バスキュラーデータベースに登録することが義務づけられています。ですから、大腿動脈バイパス術や肢切断なども含め、データがすべて残されています。加えて、医師は年に一度、症例の再確認と評価を行うことも義務づけられています。
 これらのデータベースで長期的なフォローアップを行う取り組みをしているのですが、これは全例ではなくて任意です。ただ、死亡に関してはナショナルデータベースがありますので、そちらから死亡確認はできます。

加藤

 英国のナショナルデータベースというのは、患者ごとのデータベース、それとも、手術ごとのデータベースですか。
 要するに、具体的に一人の患者さんのデータベースで、その患者さんが例えば腹部動脈瘤のステントグラフト内挿術を受けて、それから、胃がんの手術を受けても、データベースとしては一人の患者さんのレコードとしてつながっているのですか。

Dr. Horrocks

 どちらからでも検索できます。一応、患者ベースと言えますが、例えば動脈瘤から見た場合、すべての動脈瘤の死亡患者がわかります。その後にほかの治療を受けた場合、どういった治療があったかということもわかります。ただし、まだプロセスの段階なので完ぺきではありません。

石丸

 今のお話はとても興味深いですね。英国では患者さんのナンバー制があって、どこの施設にいってもフォローアップができる、という医療システムだということですか。

Dr. Horrocks

 患者さん個人のナンバーで追跡することが可能です。

石丸

 それはいつごろからのシステムでしょうか。

Dr. Horrocks

 数年前から確立されつつあるのですが、今、全ての外科医が症例登録することを求められています。
 ただ、その記録は比較的大きな病気、がんや主要な血管外科、あるいは心疾患の手術に特化していて、マイナーなものは含まれていません。
 最もデータ的に洗練されているのは心臓外科分野で、次いで血管外科、がんとなっていて、血管外科は少し遅れをとっている印象があります。

加藤

 でも、とても良いシステムですね。

Dr. Horrocks

 良いシステムではあるのですが、データの受け手の読み取り方に懸念があり、リスクなどについて間違った捉え方をされてしまうことがあります。報道機関や一般の人が結果を見たときに、判断や評価の仕方を誤って捉えるということはあると思います。

加藤

 そのデータベースは、報道機関や一般の人が見ることができるのですか。

Dr. Horrocks

 国民に情報開示の権利がありますので、全てのデータベースは開示されています。

『ステントorオープン その見きわめとは』

加藤

 オープンサージェリーもできる、ステントグラフト内挿術もできるという患者さんが来たときに、どちらを選ぶのか。Horrocks先生の施設ではどのように決めているのですか。

Dr. Horrocks

 腎動脈下動脈瘤の場合は、外科手術あるいはステントグラフト内挿入術、どちらかを選ぶことができます。最終的な決定は、外科医と患者さんとの話し合いによります。
 決定する要因としては年齢、併存疾患、そして瘤の形状ということですね。
 あとは、患者さんに選んでいただきます。患者さんによっては特にステントグラフトを希望される方もいらっしゃいますし、逆に、ぜひオープンサージェリーでやってくださいという患者さんもいらっしゃいます。
 ですから一概には言えないのですが、若くて健康でエネルギーのある患者さんについてはどうかと考えます。何でも血管内治療というわけではありません。高齢で体力的にも弱く余命も短いということであれば、恐らく血管内治療を選ぶということが言えます。血管内治療が必要という特別な理由がない場合は、よく検討すべきだと思います。
 ただ、外科手術が難しい状況にある患者さん、例えば極度に肥満の患者さんの場合には保険が下りますので、やはり血管内治療になるでしょう。胸部瘤と、腎動脈下腹部大動脈瘤の場合は完全に保険適応となります。

加藤

 オープンサージェリーに関しては歴史も長いので、そのリスクについては明確なデータも出てきています。例えば年齢、10歳上がるごとにある一定のパーセンテージでリスクが上がるとか、あるいは、腎機能や呼吸機能の悪い患者さんにとってはオープンサージェリーのリスクが高いということはわかっています。一方で、血管内治療に関してのリスクというのは、オープンサージェリーのリスクとは異なったリスクがあると思っています。

Dr. Horrocks

 おっしゃるとおり、オープンサージェリーに関してのリスクは周知のことだと思います。心疾患、呼吸器疾患、腎疾患があれば、やはりオープンサージェリーには向いていないと判断します。
 瘤形態に関しては両治療について確認しスコアをつけていきます。もし、解剖学的に合併症の危険性が高いということであれば血管内治療に向いていない場合もあります。
 加えて注意すべきことは、高齢の女性で石灰化が強い場合、血管内治療には要注意ということになります。

加藤

 もっと具体的に、リスク評価をするときに、手術のリスクというのはかなり数値化できていると思うのです。例えば、呼吸器機能に関しても、数値で評価ができますが、血管内治療に関してはそういう瘤形態が悪いというだけで、その評価がきっちりと数値化できない現状がありますよね。その点で、何らかの数値化をする試みを先生はされていますか。

Dr. Horrocks

 瘤の形態を見るシステムはあります。デリバリーカテーテルの挿入から、どういうふうに進んでいくかを見るのですが、実際に数字にして評価するというのはありません。例えば、どの程度イレギュラーなのか。ネック角度が何度だったら云々とスコア化できるかというと、それはやはりないですね。
 そういったスコアリングシステムよりも、実際の経験を重要視する傾向にあると思います。信頼できるスコアが存在しないのが実情で、治療をプランするときに全てのリスクについてよく検証します。重要なのは、やはり技術的なトラブルが起きないということ。それをいかに防ぐかということをプランの段階で十分に細かいところまで明らかにします。そして、動脈の形態をよく見るということでしょう。

石丸

 スコア化が難しい理由の一つに、デバイスの進化があると思います。種類も多いですし、なかなか数字として出しづらいというのはよくわかりますね。
 お聞きしたいことはたくさんありますが、時間も限られていますので終わります。ステントグラフト実施医に役立つ情報をいただき感謝申し上げます。

(以上)