JACSMサミットインタビューシリーズvol.03

大動脈解離に対するTEVER | ステントグラフト実施基準管理委員会企画 JACSMサミットインタビュー シリーズ 3(JACSM Summit Interview Series 3)

Dr. Jan Brunkwall
お話:
Dr. Jan Brunkwall
所属:
ドイツ ケルン大学血管外科
(Department of Vascular Surgery, University Clinic of Cologne, Germany)
石丸 新 JACSM委員長(戸田中央総合病院血管内治療センター) 聴き手:
石丸 新 JACSM委員長(戸田中央総合病院血管内治療センター)
小山 信彌 JACSM委員(東邦大学医学部外科学講座心臓血管外科) 聴き手:
小山 信彌 JACSM委員(東邦大学医学部外科学講座心臓血管外科)

 2012年5月に長野で開催された第40回日本血管外科学会に、Dr. Jan Brunkwallが招聘された。大動脈解離に対するステントグラフト治療の第一人者であるDr. Brunkwallに、ヨーロッパでのステントグラフト治療の現状を踏まえ、大動脈解離のTEVARの適応についてお聞きした。

『ヨーロッパでのステントグラフト治療』

石丸

 先生はスウェーデンのお生まれですね。医科大学で経験された診療科目と、志望された経緯を教えてください。

Dr. Brunkwall

 スウェーデン南部、ストックホルムで生まれ、ルンド大学の医学部に進みました。ハムスタッドで一般的な外科、そして血管外科のトレーニングを受け、17年間そちらにおりましたが、そのうちの1年はミシガン州アーバンのProf. James Dalyのもとで経験を積みました。
 スウェーデンへ戻り、1993年にヨーロッパ北部では初めてのステントグラフト内挿をDr. Krasi Ivanchevと一緒に行いました。したがって私がステントグラフトを始めて早20年を迎えることになります。1999年に現在の職場に移り、血管外科の部長を務めています。

石丸

 先生は、血管外科医でありながら、血管内治療の第一人者であるわけですが、最初のステントグラフトはハンドメイドですか。

Dr. Brunkwall

 最初のステントグラフトは自宅キッチンにあるテーブルの上で作りました。1993年以前より閉塞性病変に対する血管内治療は実施していました。腎動脈や腸骨動脈の治療はもちろんのこと、患者の併存症によっては、外科治療と血管内治療の両方を行う必要がありますが、将来的には血管内治療のほうが主流になっていくと考えていました。

石丸

 ヨーロッパではステントグラフトを実施するために資格は必要ですか。

Dr. Brunkwall

 国によって異なりますが、スウェーデンでは、まず血管外科医になるためのカリキュラムがあります。ドイツでも同じような状況ですが、血管外科医の資格を取るために50症例ほどの血管内治療を行わなければならないと定められています。イギリスやイタリアでは公式なカリキュラムは存在していません。私の同僚も資格を持っていませんが、やる気がある人がステントグラフト治療のプログラムを進めていくという状況にあります。

小山

 そのプログラムというのは、どういうものですか。

Dr. Brunkwall

 ステントグラフトの資格なしで、血管内治療やカテーテル治療を経験しているという状況で、例えばCTスキャンのイメージを第三者(企業)へ送り、ステントグラフトの選択判断を仰いだ後に、指導医やセールス担当と手術室に入って、手順を教えてもらいながら治療を行うという方法です。このようなやり方は間違っていると私は思います。
 個人的な意見ですが、まず経験を積むことが必要です。一定量の経験を積むことで、どのような患者がステントグラフトの治療に合っていて、どのような患者であれば開腹手術を行わなければいけないか、ということを決められるようになるでしょう。一定量とは、年間100症例くらいは必要だと思っています。年間に20症例ではステントグラフト治療のプログラムを行うには余りにも少ないと思っています。

『解離性大動脈瘤に対するステントグラフトの適応』

石丸

 日本では胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療(TEVAR)の歴史は古く、1995年頃から2000年にかけて、かなりの数のTEVARが行われました。その中には、動脈解離の症例も3分の1くらい含まれていますが、遠隔成績については必ずしも満足できるものではありませんでした。解離に関して、急性解離と慢性解離、TypeとしてA型とB型に分けると、この中では、どのカテゴリーをTEVARの対象とすべきとお考えですか。

Dr. Brunkwall

 Type Bだと思います。現在、データの分析を行っていて、まとめる段階にありますが、急性期で合併症があるType Bの解離にはステントグラフトを使うべきだという調査結果です。
 アメリカではレジストリーの検討がまだ続いていると思いますが、ステントグラフト・急性期・合併症あり・Type Bに関して、有用とする解析結果が出ています。
 慢性解離については、動脈瘤を形成する以前では合併症を認めないものがほとんどです。短期的なデータによると、慢性期で合併症がなく、動脈瘤形成がないものであれば、ステントグラフトが使えると考えられているようです。
 ただし、血管のリモデリングには時間がかかりますので、慢性期になってしまうと内膜がゴムのようになってしまって、急性期のように簡単には広がらない状態になります。
 解離部をどのくらいまでステントグラフトでカバーするかということについては、まだ答えが定まっていません。個人的には腹腔動脈までと思っていますが、対麻痺の危険も想定されますので、できるだけ短い範囲をカバーする方法をとっています。
 Type Aについては、DeBakey TypeⅡに適応されますが、まだ結論を出すのは早い段階にあると思います。
 DeBakey TypeⅠで、大動脈全体に解離が及んでいる場合、弓部から胸部下行大動脈についてカバーすべきでしょう。

石丸

 合併症のある急性大動脈解離についてお伺いします。動脈解離の治療の基本はエントリーの閉鎖だと思いますが、合併症がある場合はいろいろな部位において、狭窄あるいは虚血性変化が起こります。複数の合併症を血管内治療ですべて処理できると考えていらっしゃいますか。あるいは、外科手術や他の手技も付加したTEVARがよいということでしょうか。

Dr. Brunkwall

 私の個人的な経験では、中枢側のランディングゾーンを確保するためには、左鎖骨下動脈を含めて15~25センチほどカバーする必要があると思います。そうすることによって、血流が再び真腔に戻りますので、ほとんどの問題はそれで解決すると思っています。
 唯一、私が懸念しているのは、腸管虚血に陥ってしまうことです。時には腸にリパーフュージョンが起こってしまうことがありますので、虚血が改善できるような状況にある場合には、開腹手術か内視鏡による治療を行うべきだと思います。腹部にガスがたまってしまった場合は、開腹によって早く解決すると思います。
 また、腎臓に関しては、たとえ一部しか機能していなくともあまり大きな問題にはならないでしょう。

石丸

 エントリーを閉じれば、順行性の血流が得られて問題はないということですが、それでも合併症がうまく解決できない場合もあると思います。

Dr. Brunkwall

 約10年前になりますが、放射線科にフェネストレーションを依頼したことがあります。急性発症の場合、内臓動脈や腎動脈の問題なら解決できると思っています。時々、下肢ではフェネストレーションが必要になることがありますが、私がよく行っているのはクロスオーバーバイパスです。必要なのはプライマリーエントリーをカバーすることですので、患者さんを手術台にできるだけ早く上げることがよい結果につながると思います。

石丸

 大動脈解離の治療において、外科手術を選択する場合、どの時点で判断するのでしょうか。逆に、これは絶対にステントグラフトがよいと考えるのはどういう場合でしょうか。

Dr. Brunkwall

 できるだけ早く治療することが、胸部大動脈のリモデリングの機会をふやすことにつながりますし、有害事象を1年間で全体の4分の1に減らすことができます。したがって、ステントグラフトは第一選択の治療方法だと思っています。
 しかし、解離の病変長がどのくらいのものであれば、ステントグラフトに向いているのかというような研究がありません。私の予想では、DeBakey Type Ⅲの範囲で解離を取り除くことができれば、血管がremodelingできると思っています。
 リスクとして、解離の後に大動脈瘤が発生することがありますが、ほとんどがモルヒネの投与を受けていますので、大動脈瘤になることは比較的稀れだと思います。

石丸

 急性期の合併症のある解離症例ではステントグラフトが第一選択ということですが、合併症のあり、なしで治療に違いがありますか。

Dr. Brunkwall

 まだ十分なデータがありませんが、合併症なしの症例では、私たちのGore TAGのスタディで検証しています。他のデバイスでも安全かということに関しては、効果が確認されていないので不明です。

小山

 安全性というのは、デバイスの安全性という意味ですか、ステントグラフト治療そのものの安全性という意味ですか。

Dr. Brunkwall

 難しい質問ですね。急性期に合併症があるのであれば、他のデバイスを試してみる必要があると思います。逆行性解離とType Aでないものに関しては、合併症がなければ使えると思っています。
 忘れてはならないのは、医原性の解離は必ずしもデバイスによって起こるだけではなくて、ワイヤーや外科医の手技によっても起こったり、薬剤溶出によって起こる場合もあるということです。そのような事故が起こることは稀れですが、デバイス自体は複数の要素のうちの一つであるとお考えいただきたいと思います。

『開胸・開腹手術はもう不要?』

石丸

 急性解離ではどれくらいの割合が手術に回るのでしょうか。

Dr. Brunkwall

 非常に少ないです。

小山

 外科医のジレンマとも言えますが、開胸開腹手術の技術能力がなくなってしまうのではないでしょうか。

Dr. Brunkwall

 おっしゃるとおりだと思います。私たちが20年前にはじめて血管内治療を始めたときには、血管内治療を行うために様々な症例をこなさなければなりませんでした。そうすることによって、スキルを高めるということもありましたが、今は逆に開胸開腹手術に少し気をつけて取り組まなければいけないような状況だと思います。

石丸

 外科医のスキルを維持するために、と言っても過言ではないと思うのですが、腹部大動脈瘤(AAA)の開腹手術例を意識的に持っている現状があります。今後は全部ステントグラフトになってしまうのでしょうか。

小山

 AAAに対するステントグラフトはアメリカで50%程度、日本だとまだ35%くらいですが、ヨーロッパはいかがでしょうか。

Dr. Brunkwall

 国によって異なるでしょうが、ドイツは50%くらいだと思います。スウェーデンは、血管内治療が進んでいる施設で80~90%がステントグラフトです。ヨーロッパ全体ではおよそ50%くらいだと思います。
 このような比率に影響する要因の一つに、医療費の問題があると思います。保険償還されているものであれば、ステントグラフトが使えますし、保険の適用がないものは外科手術に回ることがあります。

小山

 AAAのステントグラフト治療は普及しても全体の50%くらいとのことですが、大動脈解離Type Bに関してはほとんどステントグラフトだと考えてよいということですね。

Dr. Brunkwall

 そのとおりです。

石丸

 胸部の真性動脈瘤だったらどうでしょうか、同じような割合で手術になりますか。

Dr. Brunkwall

 私の施設では95%がステントグラフトで治療されています。

石丸

 合併症なしの症例について、薬物治療かステントグラフトかの判断基準はどこですか。

Dr. Brunkwall

 科学的な答えを出すには、もう少しデータの蓄積を待たなければいけないと思います。

石丸

 急性TypeBの場合、初発時の最大径が40ミリを超えている場合は遠隔期に拡大して動脈瘤になるが、40ミリ以内だと、非常に成績がよいとも言われています。

Dr. Brunkwall

 私も同意いたします。AIRA*1のデータによると、合併症の発生に関しては、大動脈の直径では予想できないということになるそうです。解離の最初の段階では恐らく40ミリを下回っていることが多いと思います。ただ、大動脈の直径が大きくなればなるほど、もちろんリスクは拡大していくと思います。
 どれが第一選択かということについての答えとしては、データがより蓄積されるのを待つべきだと思いますが、INSTEAD Trial*2によると、適切な薬物投与を行った症例では、適切な薬物治療 プラス ステントグラフトよりも死亡率が高かったという暫定的な結果が発表されています。
 こういったことを考えると、急性解離にはステントグラフトの利点が認められているものと思います。

『理想的なデバイスとは』

石丸

 先生のご経験から、大動脈解離に対するデバイスとして、何を改良したら理想的なものができると思いますか。

Dr. Brunkwall

 そう訊ねられると、私としては水晶玉で占うように予想するしかないのですが・・・。解離腔に血栓ができるようにopen bareステントを使うという意見もあるようですが、私はbare stentは穿孔の危険性があると思っています。
 理想的には、まず血流の再灌流ができるものであって、比較的ソフトなものがよいでしょう。また、幅広く治療域をカバーでき、拡張圧が強すぎず、時間の経過とともに血管を傷つけることなく広がるようなタイプのものがよいと思います。Bare stentもよいように見えますが、十分に胸部大動脈をカバーするというようなデータはまだないと思っています。

石丸

 ありがとうございました。大動脈解離に対するステントグラフト治療については、これからさらに多くのデータが蓄積され、解析されて、よい成績が得られるようになることを我々も期待しています。今後も先生の御活躍をお祈りしています。

Dr. Brunkwall

 大変光栄でした。ありがとうございました。

(以上)

*1 AIRA: Atherosclerotic Illness of the Renal Artery
*2 INSTEAD: The Investigation of Stent Grafts in Aortic Dissection Trial